左腕を狙撃されるというなんともエキセントリックな経験をして以降、皆さんが優しい。積極的に手伝いに来てくれるのは本当に本当に嬉しいのだが、世紀末なブキッチョさんばかりなので見てるだけで余計な体力を使うことになる。やめてほしいとは言わない。だからせめて手伝ってくれるというなら包丁をサーベルみたいな使い方で振り回すのはやめてほしい。いつか私の首にグサリといきそうだ。非常に怖い。
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「エッ」
厨房に入ってびっくり。流しに体を預けて、目を閉じていたのは船長さんだった。
「……なんだよ」
「いや、えーっと……?」
コーヒーですか、と聞いてみるもお前バカだろみたいな目で見てくるだけ。やっぱり違うかあ。そりゃあローに比べたら私の頭はお世辞にも良いとは言えないけど、そんなわかりやすく侮蔑の視線向けなくても良いと思う。私だって傷つくのだ。たまには。
「ほら、やんだろ」
船長さんは、ダラリとしたパーカーの袖を捲り、手を洗った。手伝う、のか。あのトラファルガー・ローが、私の仕事を手伝うというのか。今までは、どんなに断っても手伝うと言って聞いてくれない皆さんに根負けしてお願いしていただけで、別に傷はそれほど酷くはない。手伝いは大丈夫だという旨を再度伝えても、彼に出て行く様子は見られない。
「俺が最後に手伝う。明日からはまた一人。それで良いだろ」
はっきりパッキリ言われてしまい、頷いたけど、言いくるめられてない?
船長さんは驚くほど頑固だ。それに時々とんでもない無理を言うし、意外とワガママ。海賊らしい一面を、この船に乗って再三見た。すると不思議なもので、親近感と同時に愛着が湧いてしまう。彼の短い黒髪の中で一部だけピヨんと跳ねる寝癖だったり、節くれだった手だったり、それが器用に動くのを見て流石医者だなと感心したり。日々発見。楽しかった。たまに見せる笑顔に、ドキッとしたりそれも貴重な経験だと、最近じゃあ開き直ってる。こんな毎日、
「じゃあ船長さんは、これとこれ、切ってください」
人参の山と、ジャガイモの山を目の前に出せば途端に綺麗な顔が歪む。分かりやすくて良い。それでも文句も言わずに手をつけるところは人として出来てるねと褒めるべきか否か。私が乗る前は、各自持ち回りで食事の支度をやっていたらしいし、もしかしたら手伝ったことくらいはあるのかも。トントンと小気味いい音が響く。私は、お鍋でスープの用意をする。
「料理は誰に習ったんだ」
「小さい頃、母親に」
実家が酒場だったのだと言えば、船長さんは納得したように首を振った。東の海の小さな島。小さな町の小さな酒場。町の漁師と大工しか来ないような店ではあったけど、母の宝だ。それは、私が置いてきたもので、それでも、こうしてずっと色褪せない。あそこが、私のスタート地点。
「親は知ってんのか、今何してんのか」
「いえ、」
それは海賊船で料理を作っていることを心配しての発言だろうか。
「母は私が15の時に、」
肩を竦めて見せた私に、その真意は伝わったようだ。もしも生きていたら心配はしてだろうな。でも、海賊に対する理解は他の人よりはあると思う。でも、もしもいきていたら私は絶対にここにはいないし、今もあの町のあの店で働いていただろう。人生に、もしもは無意味だ。私はここにいる。ここで仕事をもらって、この人たちの役に立ちたいと少なからず思ってる。それで十分。それに、私には、まだやるべきことがある。
「そうか」
「父親は、海賊らしいです。ずっと昔に海に出たきりで、顔も覚えてませんけど。生きてるのかな、」
どっかで生きていてくれたら嬉しいし、死んでいたならそれはそれ。海で死ねたなら本望、ってやつじゃないの。私、そこらへんは理解ある。
「……船長さん?」
「突っ込むところが多すぎて、面倒になった」
船長さんは、休めることなく手を動かしていた。私は笑う。美味しいスープが出来てきた。
「他に家族は?」
「いたら、一人で海に出たりしませんよ」
船長さんの前の空ボウルが、細かくなった人参でいっぱいになってゆく。私はお鍋にフタをして、まだ手つかずのジャガイモに手を伸ばした。ジャガイモ切るのは小さい頃から好きじゃない。すごい小さい頃に、皮を剥こうとして指を切ったのを思い出す。じんわり滲んだ血に、大泣きする私。困ったように笑いながら母が優しく真っ白のタオルを当ててくれた。朧げで、それでも暖かな思い出は、時々私を癒してくれる。それ、で十分なのだ。
「——船長さんも、野菜切るの上手ですね」
私たちは、淡々と、野菜を細かくしていった。言葉は少ない。思い出したように会話をし、また思い出したかのように黙った。左腕の傷が少し疼く。
「……昔、妹とよく、手伝いをしていた」
絞り出されるように、船長さんの口から漏れたその言葉を、私は落としてしまわないように両手で受け止めた。「そうなんですか」誰にでも、不幸で、それでも捨ててはいけない記憶がある。それを共有する必要は必ずしもないと思ってる。