買い出し以外で海へ出ることの無い私にとって、オペオペの実の能力というのは転生前の漫画上の記憶に限られる。彼の領域内では任意の身体をバラバラにできるというのは勿論知ってる。漫画上ではあんな滑稽な感じなのに、生で見るとこんなに恐ろしいのか。腰抜けた、立てない。血がどくどくと流れ出ているけど、左腕だから左手のひらで触りづらい。
船長さんの後ろからやってきたシャチさんとペンギンさんの手によって、生首と胴体がサヨナラした体は片付けられた。ワーワー喚いていた彼のその後は考えない。船長さんは私の目の前でしゃがみ込むと、左腕の傷跡をちらりと見て眉間に皺を寄せた。ゆっくり手が伸びてきて、傷口にそっと触れる。もうあんまり感覚がない。多分ベチョベチョしてるはずだ。
「立てるか」
「む、りです」
腰が抜けましたと言う前に、船長さんは私を横抱きに抱え上げると、歩き出してしまった。ものすごい視線を感じる。主に味方からの生暖かいやつ。
治療室に運び込まれた私はベッドの上に寝かせられ、止血を含め処置が施された。知ってはいたけど、トラファルガー・ローって本当に医者なんだ。すごいや。テキパキと処置は済み、弾は取り除かれて(半端ない痛み。痛み止めを打ってもらった)、綺麗に包帯を巻いて頂けた。異物感はなくなっていくらかマシ。
「しばらくは安静にしてろ」
「でも皆さんのご飯が」
「その腕で何言ってんだ」
「大丈夫ですよ、私、傷の治りは早いので」
神様譲りの特殊体質だ。
「医者の言うことは聞くもんだ」
「……そうですね」
船長さんはベッド横の机に向かい、何かを書いているようだ。横顔は私が知ってる彼より少し幼い。無表情で無口。でも、私を見て動揺をチラリと覗かせたあたり、まだまだ若い。まだ若いのにこの人が背負うものは大きくて重たい。戦うべきもの、倒すべき相手、獲るべき席。彼の力になりたいと思うことこそあれ、負担になんてなりたくない。それでも、今の私は痛みに負けて、あれこれと喋ろうとしている。この人に、小さな荷物を預けたいと思ってる。
「船長さん、」
書く手を止めて、私の方を見た。痛むのかと問う声は柔らかだ。違うよと首を振り、じゃあ何だと言う彼に、腕を出してくれと頼んだ。彼は不思議そうに右腕を差し出す。先程の戦闘でつけられた少し深めの切り傷がひとつふたつ。そのひとつに左手を翳すと、私の右腕に同じ傷が移った。
「……これが私の力です。ちなみに能力者でもないです」
船長さんは目を丸くして、私の右腕を掴んで傷に触れた。いや、普通に痛いから。
「原理は」
「さあ分かりません」
「左手になんかあんのか」
「よく分かんないです。でも、こうすると他人の痛みを引き受けることができます」
どのくらいの大きさまで出来るのかは試したことない。私の体は治癒能力が高いが、あまりに大きな怪我を引き取って死んだら嫌だし。まあ、今日は人生通算2回目の絶体絶命の危機だったけど。
「力のことは分かった、俺の方でも少し調べる」
ほんの少し良心がとがめながら、頷いた。神様に貰った力なんだと言ったところで信じられないだろう。私だって元は生粋の無神論者だ。
「無闇に使うな」
「はい」
私もこう見えて早死は嫌だしね。
「それに、女が身体に傷を作るんじゃねーよ」
引き出しから大きめのカットバンを取り出した船長さんは、それを私の腕の傷に貼り付けた。意外とフェミニスト。
「すみません」
「しばらく休んでろ、飯は後で持ってこさせる」
思わぬ優しい言葉に跳ねた心臓を隠すため、私は布団を首元まで持ち上げた。
「船長さん船長さん」
「今度はなんだ」
「助けてくれて、ありがとうございました」
・
・
コンコン
「……はい」
「名前、ご飯だよー」
ひょっこりと顔を出したのはベポさん。お盆に乗せられたのはお粥かリゾットかおじやか。私は風邪じゃなくて怪我だから、普通の白米で良かったなんてとても言えない。
「ペンギンが作ったんだんよ」
「うわあ、美味しそうですね」
ベッドから降りようとすると、そこで食べなよと言われ、他に食べるとこもなさそうなのでそうすることにした。膝の上のお皿から真っ白の湯気と美味しそうな香りが漂ってくる。「いただきます」自分以外のご飯食べるのって久しぶり。いただきます。口に入れた途端に広がる独特の風味。何入れたんだろう。「あふっ」猫より猫舌の私にはちょっとキツイ。味はまあ置いといて。
「痛い?」
「すぐ治りますよ」
ベポさんが心配してくれているようなので笑顔を返した。大丈夫、このお粥食べたらすぐ治りそうな気がする。色んな意味で!
「名前」
「?、はい」
「僕は名前のこと仲間だと思ってるよ」
ベポさんが笑う。船長さんからの誘いを断った話、聞いたんだろうな。
「……嬉しいです」
もうお粥が熱くて、熱すぎて、涙が出そうだ。