「あ、名前ちゃん!」
「萩原さん……」
「無事だったみたいだな」

タンカーで運ばれて救急車に乗せられた人のどこが無事なのか。即刻説明を求めたい。私は今、本日2度目の病院送りだ。
あの後、青のコードを切った私は何とか爆弾の解除に成功し、森谷帝二の歯ぎしりを聞きながら救助された。陣平さんと涙の再会をするはずが、間もなく救急隊に連行。一応爆発に巻き込まれているので身体中がガタガタだったらしく、またも検査検査。そんなに調べても特に異常なしだって言うから、私の体も大概コナン仕様である。

「お疲れさん、大役だったな」
「やっぱり松田さんとお付き合いなんてしてるからこんなことに……」
「かもな」
「ですよね」

ポンポン。萩原さんが私の頭を撫でる。1日に2度も爆弾事件に巻き込まれた『一般人』は私だけだろう。不幸というか不運というか。やっぱりキャラに関わったことへの天罰か宿命か。どちらにせよ、良いことでないのは確かだ。

「おい」

バッと、颯爽と現れた陣平さんが萩原さんの手を払い除ける。それに対しニヤニヤ、いやニコニコする萩原さんと私。彼氏の嫉妬は可愛い。ニヤニヤ、いいや、ニコニコしたくなってしまう。

「そう怒んなって」
「お前、仕事は?」
「後輩くんがぜひやりたいってさ」

押し付けたんだな。萩原研二はそういうことを笑顔でできる男である。

「早く本庁帰れ」
「最初に俺に押し付けたのはどこの誰だ?」
「知るか」

こちらも、押し付けたんだな。松田陣平はそういうことを真顔でやる男である。

「俺だって名前ちゃんのこと心配したんだよ、許せ」
「へいへい」

呆れ返ったといった様子の陣平さんが肩をすくめる。萩原さんは手持ちの缶コーヒーを私に握らせると、じゃあまたね、と去ってゆく。思うに、早く帰りたかっただけだろう。別に咎めはしない。だが、缶コーヒーを夜に渡すとは彼の考えはまだ読めない。

「帰るか」
「うん」

彼のCX-5、助手席で、松田さんがMAZDAの車に乗ってるなんてお笑いだなと思った。もちろん墓場まで持っていく案件だ。青山剛昌は小技が繊細。世界に入り込むとよく見える。

「生きて帰って来れたな」
「流石に今日は死んだかと」
「本当だよ、ヒヤヒヤさせんな」
「私のせい?」

not!森谷帝二のせいである。というか、あのビルがアシンメトリーなせいである。今後二度とこのようなことがないように、世界中の建物を左右対称にすることを推奨する。コナンの世界にはイカれた芸術家が非常に多いのだ。

「よくやった」

ハンドルから片方の手を離し、優しく私の頭の上に置かれる。萩原さんの時には何とも思わなかった心臓が、思い出したかのように騒ぎ始めた。全く正直で困る。顔は、赤くなっていても見えないか。よし。

「なんで青のコードを切ったんだよ」

私の家が近づいた頃、陣平さんが尋ねる。今の今まで聞かれなかったから、これ行けるんじゃね?と思ってたけどやっぱり無理だった。そりゃあそうだ。理由は、知ってたから。原作改変がないことを祈って切ったのだ。でもそれは言えないからボツ。じゃあ、私と陣平さんは赤い糸で繋がっているから?某ヒロインのもろパクリは、悪くないけど私のキャラじゃない。却下。

「──陣平さんは、私の太陽だから」
「は?」
「陣平さんは、私の人生を明るく照らしてくれる太陽なの。……だから、絶対傷つけたくなかった」

蘭ちゃんの案を却下したはずなのに、結局キャラじゃないことを言った。女の二面性って侮れない。

「陣平さん私と死ぬって言ったでしょ? 陣平さんなら、本当に私を置いて逃げたりしないと思ったから、絶対選択間違えて、殺しちゃダメだと思ったの」

松田陣平を救いたかったはずなのに、私のせいで死んだら私がここに生まれてきた意味がない。大袈裟で、ふざけていて、でも大真面目にそう思った。恥ずかしくて陣平さんの方は見れない。でも、ずっと。

「……ずっと、陣平さんのこと考えてたよ」

恐怖と焦り。その裏で、彼が私を支えてくれた。彼が私を守るように、私だって彼を守る。

CX-5が音もなく、止まった。信号は赤。家はもうすぐ。今どきの車はエンジン音がしなくて、照れくさい。「名前」彼の手が両方離れて、私の頬へ。一瞬重なった唇が熱い。

「今日アンタんち、泊まる」
「急になに?」
「そのコーヒー、せっかくだから飲んどけよ」
「疲れてるんでしょ!」
「忘れた」

私は忘れてない。クタクタだ。

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