検査結果を見て、頭の方も特に異常はないから大丈夫と言われた。相変わらず頑丈な身体である。しかし検査に思いの外時間がかかった。もう夜の21:00を回ってるじゃないか。せっかくのGW最終日も散々だ。ハアとため息をつき、空っぽになった病室を覗く。安静を言い渡された名探偵はとっくに脱走していた。今頃、森谷帝二のお屋敷で蝶ネクタイ使って謎解きしてるんだろう。じっとしてろよなあ、全く。あの子、本当にどうかしてるわ。

 pipipi
[チケット取れなかったから米花シティービルの映画館に変更しました!充電ヤバいから現地で!]

……ユメだ。すっかりマルっと忘れていた。今日映画行く約束してた日じゃん。どう考えても行くべきじゃないけど、まあ異常もないって言われたし。充電がヤバいならどうせ連絡付かないだろうし。とりあえず映画行くかあ。──ん?米花シティービル?
携帯を取り出し、検索。出てきた画像が完全に見覚えるのあるそれ。この立派な高層ビル。これは、森谷帝二に爆破されるビルなのでは?……おおふ。オーマイガット!

 pipipi pipipi
「出ろ!!」

カバン引っ掴んで、ダッシュ。なんであの子はこうやってどんどんどんどん厄介事を持ち込んでくるんだ。信じられないよ。看護婦さんに走らないでくださいって怒られたけど、そんなこと言ってられない。早急に到着して、避難させる必要がある。だってこのままだとあの子死ぬ気がする。なんてたってモブだし。名探偵コナン界のモブほど雑に扱われる存在もない。死んでも何事も無かったかのように扱われる。
タクシー!

「米花シティービルまで」



 pipipi
「蘭姉ちゃん?!」
『ああ、ごめん。蘭姉ちゃんじゃなくて、名前姉ちゃんだ。名探偵』
名前さん?今すぐそこ出て」
『そうしたいのは山々だけど、まだ時間が…… ドッカーン!

 ブチッ
名前さん!? 名前さん!」

遠くから聞こえた悲鳴。間に合わなかったことを確信し、コナンは固く拳を握った。今日、病院に来ていた蘭だったから行っていないとは思ったが、まさか名前の方が向こうにいるなんて。昼間も爆発に巻き込んだ張本人として些か責任を感じざるを得ない。

「……新一兄ちゃんに渡してくる」
「待ちなさい。今、爆弾処理班を呼んでいるから」

爆弾処理班?窓から見えるビルは、既に夜を赤く染めているじゃないか。時間がない。コナンはひったくった爆弾の設計図を握りしめ、走り出した。

燃え盛るビル。松田と萩原はため息を吐いた。今日は厄日だ。朝から提向津川緑地公園でのラジコン爆発、続く土手での爆発。処理に追われたと思ったら、次は東都環状線の線路に爆弾と来た。極めつけは、米花シティービル爆破。とんだキチガイ野郎の所業である。

「こりゃあ処理って問題じゃないでしょ」
「同意だ」

もう爆発している。中に爆弾が、というが中に入って解体するのは至難の業だ。早々に仕事が嫌になった時、松田さん!と呼ぶ声。振り向けば、名前の友人が血相変えて近寄ってきた。

名前、見ませんでした?私ここで待ち合わせしてて!」
「なに、」

待ち合わせって言ったって、こんな人ごみじゃあ見つけるのは不可能に近い。それに今は職務中だ。

「こら!ダメだよ、入れる訳ないだろう」
「中にまだ名前さんがいるんだ!」

警官と押し問答する少年。出てきた名前に、ふたりは動きを止めた。「おい坊主」首根っこを捕まえると、顔に見覚えがある。毛利探偵のところのお手柄小学生だ。名前の店にもよく来ている。かしこくて面白い少年なんだと言っていた気がする。

「説明しろ」
「──お兄さんが、もしかして名前さんの彼氏?」
「は?」
「そうだけど、名前ちゃんがどうしたって?」

眉間に皺を寄せる松田と、食い気味に話を急かす萩原。コナンは爆弾の設計図を広げると、映画館に名前さんがいるんだ!と鬼気迫る顔で叫んだ。

「おい、マジかよ」
「……チッ」
「うん、ぼく電話で話したから間違いないよ」

どうするよ松田。困ったといった様子で、萩原が松田の肩に手を掛ける。爆弾処理班は救助隊ではない。まだ待機指示が出ているはずだ。

「それ、よこせ」
「え」
「プロに任せて、子どもはさっさと避難だ」

松田は逆に萩原の肩に手を掛け、笑った。

「後はよろしく」
「後はよろしくって」

設計図を片手に、火の中に飛び込んだ。やれやれ。始末書を書くのはお前だからな、と萩原は上司への言い訳に頭を悩ませた。