カランカラン

新一くんは、壁際のテーブル席に座った。後から蘭が来るんで、と。本当にこの二人はいつも一緒にいるなあ。それで付き合っていないなんて、私にはとても理解できない。分かったと言えば、ポンと彼は自分の頬を指差し、ケガ?と訊く。女が顔に大きな絆創膏をしていることはそもそもあまりない。女にとって顔と髪の毛は命だからだ。しかし、絆創膏をしているときはどう言う時か。吹き出物を潰して見るに堪えない時か、顔に怪我して見せるに耐えない時のどちらかだ。私は後者。そう、つまりケガ。爆発物の破片がね、飛んできて頬をかすめて飛んで行ったんだ。しかも隣町のあの大人気ショッピングモールでの出来事である。怖くない?今すぐ逃げ出したいくらい怖くない?自分から突っ込んで行ったこととは言え、恐怖は感じる。だって実際ケガしたし。

「木の枝に引っかかってさあ」
「えっ、嘘だろ」
「うん、嘘」

待って、そんな目で見ないで。オバサンなりに場を和ませようとしたのよ。察してくれよ、名探偵。キミ、冗談通じないタイプ?

「で、本当はどうしたんですか」
「推理で当ててみれば?」

新一くんは少し考えて、この前の爆弾騒動に巻き込まれたとか?って笑った。

「まさか、ね」
「大正解」
「……それも嘘だろ」

本当だよ、残念ながら。私は君が怖い。

 カランカラン
「あ、蘭ちゃん来たね」
「時間切れ。正解は?」
「……愛の勲章かな」
「じゃあ上手く行ったんですか」

大人には上手く行く行かないだけじゃ測れないことというのがあるのだよ。君も、もう少し大人になればわかる。好きなのと、そばにいるのと、一緒にいたいってことは別なのだ。

「——デート楽しんで、名探偵」

「今日は定休日ですよ」

店のドアにもたれ掛かる彼に、そう言うと、知ってると言われた。そこまで把握していて、どうして今日訪ねて来るのか。ああ、よく考えると、松田さんと会うのは、爆弾事件以来だ。私はあの日、事情聴取が終わったら特にその後、なにもないが、警察はそうも行かない。後処理に忙殺されていたんだな。なんてたって、メールの返事が一向になかったから。

事件は、解決したというニュースはまだ流れていない。連続爆弾事件ということでメディアの取り上げ方も大きかった。つまり、やっぱりまだ犯人は逃走中。捕まるのは、原作通りなら3年後。小さくなった名探偵が解決するはずだ。

「腹減った」
「はいはい」

もう癖になった、二人分の食事。鍋の肉じゃがを温めて、炊飯器は、できてるな。よし。味噌汁を再度火にかける。松田さんはグラス二つにお茶を入れた。それを持ってドカリと4人席に腰掛ける。萩原さんと二人の時は、いつもカウンターに座るくせして、私とご飯を食べるときは必ずあそこに座る。顔が見えるから、なんて可愛い理由だったら、いいな。私も彼とは向かい合わせの関係でいたい。

「あそこにいたのは偶然か」

ぽとん。ジャガイモが箸から滑り落ちて皿に戻った。今日はいつにも増して口数が少ないと思ったら、それについて考えていたのか。

「そうですよ」

偶然、必然。大きな違いはどこにある。私が嘘をついて、不利益を被る人間がどこにいる。許してくれ。私は死ぬまで、話す気は無いのだ。

「たまにアンタがわからなくなる」
「そうですか? 分かりやすいと思いますけど」
「俺や萩原が死ぬのを知っていたみたいだ」

松田さんは、私の目を見て、逃がさないと言ったような気がした。逃げる気は無い。逃れたいのは、私の宿命からじゃなく貴方や周りの人たちを取り巻く運命から。

「仮に、知っていたとしても、私は貴方を助けますよ」

今回や、4年前のように。

「それが理由か」
「なんのです?」
「俺の気持ちを一切受け入れないのは」

肉じゃがの味がどんどん薄くなる。私は美味しくご飯を食べたいだけなのに、どうしたってこんな目に遭っているのか。悲しい。胸が、苦しい。
「そうです」
「……」
「警察官なんて、いつ死んでもおかしくないじゃないですか。いつも命懸け。今回だってそうです。私がいなきゃ、松田さん死んでたでしょう」

公共の利益のために、死を。私にそんな生き方はできない。

「いつ死ぬかもわからない人と、一緒に生きるなんてできない」

ハッキリと、彼の気持ちを真っ二つにしたのは意外とこれが初めてだった。ダメですとか、無理ですとか、そんな曖昧で冷たい言葉じゃない。終わったな、と本能が告げる。そうだなって笑った彼はやっぱりカッコよくて。どうしたら好きにならずにいられたのかと、神を恨んだ。