ポツリポツリとコンクリートを濡らす。今日は朝から雨。夜になったら止むだろうと思っていたのに、私の予想は見事に外れた。大きくため息。

嫌なこと、不運が重なることは誰にだってある。例えば今日。朝から雨が降っていたせいで、巻いた前髪がすぐに崩れた。3限のために家から出たのに、行ったら休講になってた。仕方ないから家に戻ってバイトまで昼寝をと思ったら、危うくバイトに遅れそうになって久しぶりにダッシュした。お気に入りのスニーカーが雨で汚れた。

20名の予約がある日に、飛び込みで10人客が来た。あのスタミナおばけの流川ですら、忙しさにぶっ倒れそうになっていたのだ。一般ピーポーの私がどうなっているかは想像に容易い。まあ、流川が眠くてぶっ倒れそうになってるのは常なんだけど(それもそれでどうなのか)大きく、深くため息。

「ああ、お疲れさん」
「……お疲れさま、っす」

今日のヒーロー・流川氏の登場である。飛び込み10人客のおばちゃん達が大層流川のこと(主に顔)をお気に召して、ほとんどご指名状態だったので私とすずちゃんは他のお客さんに集中できた。おかげで流川に10人丸投げみたいになったけど、店長フォロー入ってたし、それも社会経験だ。

「雨」
「ね、嫌だよね」

流川はコクリと頷く。最近は流川の無口さにも随分慣れてきた。表情で考えてることが分かる気がする。話す機会も増えたし。そう言ったら、また甘やかしてるぅってすずちゃんに怒られた訳だけど。イケメンは正義。もちろん可愛い女の子もジャスティス。

自然に、あくまで自然に、流川と並んで歩き出した。もうすぐ梅雨入りが宣言されてしまうだろうか。嫌な季節が来る。夏もあんまり好きじゃないけど、梅雨はもっと嫌い。ずっと春でいい。ただし花粉なしで。

「終電平気そう?」
「多分大丈夫っす」

雨の中進む、赤と黒の傘。流川の足の長さはパリコレモデルもかくやというレベルであるのだが、置いて行かれないということは私に合わせてくれているのか単に歩くのが遅いのか。流川の場合、何にも考えてないってのが正解だろうな。

部活の話を聞いたり、授業の話を聞いたり、歩くのと同じくらいの速度で話をした。駅ビルの薄汚いネオンが見えて、ああ、もう終わり。私の家は、駅のそのまた向こう。こういう日に歩いて帰れる距離にあるのは良かったと思ってるけど。

「じゃあまた来週」
「……送ります」
「いいよ、疲れてるでしょ。早く帰って寝なさい」
「ヘーキ」

なんかついていく気満々な流川を、どうにかエスカレーターの前まで押していく。今日途中寝そうになってガタッとしてたの知ってるんだぞ。若いからって無理しちゃダメだ。明日も学校も授業もあるんだから尚更。

「大丈夫だから、ね?」
「……」
「また今度送ってよ。お互い元気なときに」

私の言葉に、流川は渋々頷いた。じゃあねと手を振ると、ぺこりと頭を下げられる。そのままエスカレーターに乗ってゆく大きな大きな背中が見えなくなってから、私も雨の街を歩き出した。さて、今日あった嫌なことってなんだっけ。