バイトを、始めた。
推せんをもらって進学した大学。まあ、頭で行けるとも思ってねーし、ありがたい。大学は通い。電車で1時間かからない距離、自転車だと1時間と少し。晴れの日はいーけど、練習のあとは遅くなるし、疲れるし、めんどーだから基本電車。大学でのバスケにはそこそこ満足してる。あくまで、そこそこ。俺はアメリカに行くから、今はまだ満足できねー。でも、日本でもトップが集まるうちの大学での練習は、俺をやる気にさせる。1on1/3on3、何やったって、バスケは楽しい。上手い奴らと戦うのは、俺の生きがいに近い。
主に親の勧め。バスケもいいけど、社会勉強もした方がいい。何も知らない大人にはなってほしくない。──今まで好き勝手やらしてきてくれたこともあって、無下にはできなかった。週に1回、筋トレの日。俺は居酒屋で働く。いらっしゃいませの声が小さいだの、オーダー表が汚いだの、愛想が無さすぎだの、店長はけっこう無理言う。正直めんどくせえ。でも、自分の金を自分で稼ぐのは、割とすごい、と思ってる。
「うす」
「うわあ、現代っ子~」
ケラケラ笑うこの人、先輩その1。名前は名前(だった気がする。店長が名前ちゃんって呼んでた)同じ大学。この店はけっこう長いらしい。常連のおっさんによく絡まれてる。
「先輩、流川さんに甘くないですかぁ?」
「だってイケメンだもん」
「ええ~何それ」
「いや君も顔の恩恵、受けてきたくちでしょうよ」
わざとらしく否定しながら笑うあの人、先輩その2。名前は、ヒロタ。(下の名前?知らん)高2。年下だけどバイト慣れしてるから先輩。天使ってオッサンたちに呼ばれて満更でもなさそうな顔してる。正直喋り方がうぜえ。チューボーからほとんど出てこない店長は、小太りでどことなく安西先生に似ている。高校バスケが大好きなんだ!と両手握られたときは引いた。けど、こんな俺でもめんどー見てくれるし感謝。環境は悪くない。良い人ばっか。変な目で見るやつもいないし、やりやすい。
「あ、流川、髪跳ねてる」
先輩が自分の髪をぽんぽん叩いた。俺もそれ見て自分の髪に触る、む。はねてねーし。「違う、逆」ここだよ、と伸びた手は、すんでのとこで届かない。
「改めて、背高いね」
ちょっとしゃがんでよ。苦笑い。俺は軽くひざを折る。先輩は軽く手を濡らして、俺の頭に触った。ぽんぽん、それから撫でつけるように。
「ん、おっけい」
ニコリと笑う。寝る時間なんてあったの、と聞かれ電車の中って答える。朝起きたとき、…は覚えてねーけど、筋トレのあとシャワーしてきたし。やっぱり電車の中で寝たときしかない。
「そんな短時間で寝癖つくかね」
「知らねー……っす」
「取ってつけたような敬語」
今まで見てきた、媚びるような笑顔じゃなく、本当に楽しそうな顔。
「まあイケメンだから許されちゃうよねぇ」
良いと思った。全部を跳ね飛ばすような、この人の笑顔が。
「先輩」
「ん? なんだい」
ああ、やっぱり。俺は頷いて、確信する。ああ、やはり。
「……なんでもないっす」
こうして恋は始まる。