名前様、若がお呼びです」

(行きたくありません)とは口が裂けても言えない。はいと返事をして立ち上がったはいいものの、全く行きたくないなあと思って立ち止まる私を、執事らしき男の人がじっと見つめてくる。行くよ行くよ、行かなきゃ殺されるんだから行くしかないよね。行ってもどうなるかは分からないけど。

「ふう…」

大きく息を吐いて歩み出す。向かうは、この船の1番大きな部屋、トップが居る部屋だ。

「よく来たなァ、お嬢ちゃん」

ふっふっふっと特徴的な笑い方をするこの人を、私は残念ながら知っている。(お前が呼びつけたんだろうと言えないこの状況も。)

「…お世話になっております」
「まあ寛いでくれよ」

パタパタと見覚えのあるピンクの扇を揺らしながら、彼は薄気味悪い笑顔を浮かべている。やはり、少し若いだろうか。趣味の悪いサングラスは私の知っているまんまだ。大きな大きなソファに委ねられた大きな身体の上で、彼はゆったりと腕を組んでいた。

「さァ、話聞かせてもらおうか」

今すぐにでも助けてくださいと泣きだしそうな私である。この喜劇と言えなくもない悲劇の始まりは、昨日に遡らなくてはいけない。



 ローグタウンを出て、もう半年近い時間が経っていた。東の海を回り回って、そろそろ新しい冒険をしようかと考えていた。どこか出来るだけ遠くの海へ行く船を探して、港をさまよう。出来ればグランドラインに行ってみたいだなんて生意気なことを思いつつ、商船狙いではそれも厳しい。かと言って海賊船に乗せてほしいと頼むほど馬鹿でもないし、度胸もないので、なるたけ遠くで、と船乗りたちに声を掛けていた。目の前の男の人が行先に告げた島の名前は聞き覚えがあり、それなら大丈夫だと丁重に礼を言いつつ断っていたので、後ろの気配にこれっぽっちも気が付かなかった。

「俺の船に乗りゃあいい」

驚いておかしな声が出た。振り返れば、見上げる大男がニヤニヤしながら私を見下ろしていて、全身の血の気が引いていくのを感じた。ピンクのファーが潮風に揺れる。ノースブルーへ行くんだと言った男は、私が断るだなんて思ってもいないようだった。

「いや、でも」
「礼ならいらねぇ、好きなところで下ろしてやる」

さぁどうだと迫られても、あそこまで好条件を出されて断ったら逆に不自然だ。私は震える声で礼を言って、心の中で一通り泣いた。
(…ドンキホーテ・ドフラミンゴ…)
ワンピースのキャラって案外そこら辺にいるんだね。