スモーカーさんが連れてきてくれたのは、少し歩いたところにあるお洒落なお店だった。スモーカーさんがこんな洒落た店知ってるなんて意外だ。いいやスマートな大人の男だと思っていたけれど、いざ目のあたりにすると意外だなと思った。

メニューを注文すると、運ばれてきたのは見るからにワインだった。ぶどうジュースという可能性も捨てきれない。でもそれをワイングラスに注いでくれるような茶目っ気のあるお店とも思えない。つまり、これは酒である。(うお)

遅れちまったが、と前置きし、スモーカーさんはワイングラスを傾ける。私もそれに倣って持ち上げる。あ、大人の女になった気分だ。

「17歳、おめでとう」
「ありがとう、ございます」

小さく音を立ててぶつかったグラス、それを覚悟を決めてひと口飲めば、アルコールとぶどうの匂いが口いっぱいに広がった。

「どうだ?」
「…よく分かりません」

不味くはないけど、別に美味しくもない。初めてのお酒はみんなそんなもんだとスモーカーさんは笑った。10も違わないはずなのに。おっかしいなあ。

「…ジョニー帰ってきたってな」

スモーカーさんが言う、私はそうなんですよと返した。ジョニーって言うのは息子さんのことだ。

「どうすんだ、」

誰がとは言わなかったけれど、それはきっと用無しになった私のことを指しているのだろう。用無し、とは言え、いつまででも居ていいと店長は言ってくれているし、でもうかうかしていたら息子さんと結婚させられそうな勢いだし、私の目標はこの世界を知ることだから、やっぱり私は旅に出ていく運命にある。

「次の島へ、今どこへ行こうかなって考えてます」

綺麗になったお皿の脇に、ナイフとフォークを置くと、金属のぶつかる小さな音がした。それがどうしようもなく悲しいのは、私との別れをこの人が多少なりとも惜しんでくれているとしみじみ感じるからだろうか。

「柄にもなく、…行くなと言いたくなるが、俺はもういい大人だ」

スモーカーさんは道中気をつけろと、苦々しい笑顔で言った。行くなと面と向かって言われてしまったら、私の心は揺れてしまっただろう。現に今ですら、少しだけ、ほんのちょっぴり胸が痛い。

「もう俺は守ってやれねぇぞ」
「本当ですね」

今度危ない人に捕まったら、私はしんでしまうから、助けてくれるかもと縋れる人はいなくなるから、やっぱり無茶なことするのはやめなくちゃ。無茶をするなと咎めてくれる人もいないのだ。

「…このネックレス、大切にしますね」

スモーカーさんはああと頷いて、ワインを飲んで、時計に目をやる。もう良い子は眠る時間だ。

「───名前
「なんですか?」

少し迷って、彼は首を横に振る。

「帰るか」
「はい」

この時間が終わってしまうのが悲しいのは仕方のないことなのだ。スモーカーさんは優しくて、強いひと。出会えて良かった。だから別れは寂しい。

彼はレストランを出ると、一本葉巻を取り出して口に咥える。スモーカーさんの匂いがする。嫌いじゃあない煙の匂い。

「さっき何言いかけたんです?」
「違う街で会ったら教えてやるよ」

それは残念。じゃあまた巡り会える日を楽しみに。