背後から視線を感じたので振り返ると、エースくんがこちらを見ていた。時間は深夜零時を回っているだろうに。

「エースくん、」

そういえば前にも一度こんなことがあった。エースくんってもしかして眠りが浅い質?私が夜中にゴソゴソ出て行くのが気になる神経質だったりするのかもしれない。全く誌面からはそう見えなかったけど!

「喉乾いた?どうしたの、」

エースくんはまだ少し眠いのか目を擦りながら私の元に来て、一言、美味そうな匂いがしたと言った。この子の野生の勘には本当に頭が下がる。天晴。褒め讃えよう。

「…バレちゃったかあ」

致し方ない。おいでと手招きをすれば今度こそ彼は私の隣にちょこんと座った。

「何作ってたんだよ」
「出来てからのお楽しみ」

寝かせておいた生地を薄く広げて重ねる。ダダンさんから拝借した大きな包丁を使えば切るのもたやすい。あとは、夕飯の時から出汁をしっかり取っておいたお鍋でスープを作る。黄金色のスープに沈むもちもちの麺。ああ、かつての日本人の記憶が蘇るとひとり感傷に浸っていたら、エースくんに奇怪なものを見る目で見つめられてしまった。いけないいけない。

「はいどうぞ」

今日市場で小麦粉を見かけたから買ってみた。明日にはピザでも作ろうと思って買ったけれど、久しぶりにこいつが食べたくなったのだ。

「なんだこれ」
「うどんだよ」

エースくんは初めて見るジャパニーズフードにとても困っていたので、こうやって食べるんだと私が橋を持って啜ってみせる。眠りの深いみんななら起きてくるまい。そして我ながらなんて美味しい。私は天才か。

ちらり。横目でエースくんを見ると、ひと口私を真似てズズっと啜ったあとまたも掃除機のごとく食べ始めた。私も残ったうどんを食べようっと。小麦粉をたくさん使ううどんは腹いっぱい食べるみんなの夕飯には向かない。それにあの人数分のうどんを切ったら腱鞘炎になって三日三晩何も出来ない未来が見える。「みんなには秘密ね」ものの3分ほどで1杯食べ尽くした彼に小声でそう言えば、エースくんはしかと頷いた。

「美味しかった?」

エースくんがまた頷く。そうかそうか、それなら何よりだ。

「…別に名前の飯はいつも美味い」

聞こえるか聞こえないか。ため息と同じくらいの音量で伝えられたその言葉を聞いたとき、私の名前ちゃんと覚えていたんだとかいつも美味しいと思ってくれていたんだとか、…いやそれよりもやっと少しは心を開いてくれたじゃんないかと嬉しくて何だか泣きそうな気持ちで彼の頭をぐしゃぐしゃにした。