ルフィにエース。興奮と絶望が一気に押し寄せてくる。未だ私を怪しむ二人に近づいていくと、ルフィは何だか分からんと言った顔でぽかんとしてるし、エースは警戒して私のことを睨んでる。良いお兄ちゃんだ。二人の目の前でしゃがみこみ、ルフィのほっぺを両手でぐいーんと引っ張った。
「あ?」
「お、おい!お前っ…!」
う、うわあ伸びた。本当にゴムみたいだ。感動してグイグイやっていると、エースが一際大きい声でやめろ!と叫んだ。これは失敬。つい読者の頃を思い出して感動して我を忘れた。
「あ、ごめんね」
薄らと赤くなった頬を手の甲で擦りながら痛かった?と聞くと、ルフィはニカッと笑ってこんなん全然痛くねぇよ!と言った。ううん、強い子だ。
「お前、誰だ」
「私は名前、別の島から来たんだ」
「海賊か?」
「だから違うって、旅だよ旅」
ほら、と背中に背負った大きな鞄を見せると二人は渋々納得してくれたようだ。エースは海賊がこんなアホそうな訳ないかと甚く失礼なことを言ってくれた。心外だ。年上だぞ。
「なんで、ルフィのほっぺ引っ張ってたんだよ!」
ーーぐ。
「まさか、ルフィがゴム人間だって、知ってて「あれは、!」
知っていた。だって君は日本で一番売れている漫画の主人公で、その能力を使ってたくさんの敵をやっつけていくのだから。
「私の国の挨拶なの」
苦し紛れ過ぎて乾いた笑いしか出て来ない。ほっぺ引っ張る挨拶ってなんやねん。
「そうなのか」
「すっげえ!」
わ、簡単に騙されてくれた。おばかさんで助かった。そうなのよ~と苦笑いしてエースの方のほっぺも申し訳程度に引っ張る。やめろ!と真っ赤な顔で手払われた。ちょっと悲しみ。するとルフィも私のほっぺを引っ張った。力強すぎて涙目。手加減しろい。
「お前、変な国に住んでたんだな」
ルフィの眩しい笑顔に目が眩む。
「俺、ルフィってんだ!」
「そ、そうなんだ」
赤くなった両頬を撫でながら頷く。ちらりと横のエースに目を向けると、ダルそうな顔で「…エース」と呟いた。やっぱり簡単に心は許さないらしい。
「ルフィくんに、エースくん」
彼等の名前を口に出すと、それが一気に現実のものとして私に襲いかかる。私は、彼等の名前も生い立ちも、この先のほんの少しの未来も知っていた。それは漫画の登場人物として作者が描いたものだったのに、今目の前の二人は確かに私と同じく息をしているのだ。それはすごいことだとも思うし、怖いことだとも思う。彼等の未来を知っていて、彼等と触れ合う権利はあるのだろうか。ああ、こんなことを考えたくないから、私はゆっくりひっそり生きていこうと思ったのに、こんな旅になんて出るから。
「お前、ここで何してんだ?旅の途中か?」
「うん、そう」
「じゃあ村まで案内してやるよ」
「それは助かります」
ありがとう、と言うとルフィくんはしししと笑う。エースくんはそれを見て今日は駄目だと遮った。今日はゴミが流れ込む日だから、村が荒れるらしい。早速の野宿決定である。まあいいか、寝袋もあるし。
「明日、連れてってやる」
「わかった、ありがとう」
エースくんはちっとも私の方を見ようとしなかったけれど、感謝されて照れたのか頬が赤くなっていてそれはもう可愛かった。だから彼等とどう関わっていくべきか私はどう生きるべきか。それはひとまず後回しにすることにした。