それから2年して、母が死んだ。いきなり高熱を発症したと思ったら三日後にはアッサリ死んでしまった。医者が言うには過労で身体が限界を迎えたのだろうという話だったのでそれもそうだと甚く納得した。毎日毎日飽きないのかと思うほどに働く母、私も手伝うと言ったが母はあんたには立派な人間になってもらいたいから勉学に励めと学校に押し返されてしまってきた。その学校も漸く卒業し、これで母の力になれると思って酒場を手伝い始めてたった一年。母は笑顔で逝った。楽しかった幸せだったと言ってくれたので私もそこまで悲しくはない。人の死が呆気ないものだってことはこの世界の誰より私が知っている。

母が私に遺してくれたものはふたつ。ひとつは、父が母に遺したという髪飾り。いつも母が付けているのは知っていたけれど、それが父からの贈り物だとは知らなかった。あの世に持っていく気はないから私に持っていて欲しいらしい。太陽を象った飾りは今、私の髪で光ってる。ふたつめは、今まで貯めてきたというお金だ。私がひっそり慎ましく暮らしていけば二、三年は暮らしていけるくらい貯まっていた。こんなにお金があったらあんなに働かなくても済んだだろうと言った私に、母はそんな事考えもしなかったと逝った。どこまでもどこまでも頭の悪い人だ。二度と帰らない夫を許し、神の間違いで宿った我が子のためにその身を尽くしてしまうなんて。ああ嫌だなあ、『私のようになってはいけないよ』という母の最期の言葉がこんなに胸の奥でジクジクと痛むとは。

名前ちゃん、どっか行くのかい」

宿の常連さんが笑う。漁師さんだとは聞いていたけど海で船に乗る姿を見たのは初めてだ。

「旅に出ることにしたの」

ひっそり慎ましく生きるのはやめました。働きながらお金を稼いで、世界を巡る。母が生涯をかけて守ってくれた命の使い道は、自分の力で見つけてみせよう。まだ分からない。私がここにいることは神様のミスだけれど、はいそうですかって死ぬつもりもない訳だし。

「そうかい、寂しくなるね」
「今まで沢山ありがとう」

多分、もうこの島には帰って来ない。嫌いじゃなかったよ、海の見える我が家も荒れ放題の酒場も喧しいだけのみんなも頭の悪い母親も記憶の片隅にもいない父親のことも。何も、嫌いではなかった。

「気をつけてな」
「うん、行ってきます」