尾形は手の中のヤマシギをあえてドサドサと音を立てて下に落とした。腹が立つな、と言った牛山と杉元の言葉に、名前は本当にと深く頷く。尾形はそんな名前の額を小突いた。「手加減」「しただろう」
少々赤くなった額を擦りながら、名前もヤマシギを一羽掴んで、羽を毟る手伝いをしようとしゃがんだ。アシリパに、銃が下手だだと言われた杉元の毟る速さには劣るものの、名前もそれなりに慣れた手つきで下準備を進めていく。
「上手いな名前、やったことがあるのか」
「うん、尾形さんがよく獲ってくれるからね」
山暮らしも慣れたものだと、名前は笑う。羽を毟り終えると皮を剥いでいく。三年前の自分が見たらどう思うだろうかと、名前考えて、きっとどうとも思わないのだろうという結論に至った。
「名前はどうして尾形と一緒にいるんだ」
アシリパが名前に問う。名前は短い間、手を止めて、そしてまた何事もなかったように手を動かした。返事は必要ない。勝手に、名前はそう判断した。
「そいつは俺の人質だ」
尾形が横から口を挟む。アシリパが、そうなのかと問うたが、名前は肯定も否定もしなかった。近くの川で溜めておいた桶で手を洗い、綺麗になった手で、アシリパの頭を撫でる。杉元も牛山も、何も言わない。大人は狡い。見ない振りばかりで生きている。不都合に目を背けないことは子供の特権だ。
「尾形さんと一緒に逃げているんだよ」
尾形は、髭を触りながら名前の横顔を眺める。その微笑は、悲しそうにも幸せそうにも見えた。
「何から逃げているんだ」
アシリパは、尋ねることを止めなかった。杉元は何かを察して、それを止めようとしたが、名前はそれすら制するように口を開いた。
「怖い人たちから」
それがまさか自分の実の叔父だと知るのは尾形だけ。信用していないのではなく、名前は他の誰にも話す気はなかった。間違っても、愉快な話ではない。
「どこへ逃げるんだ」
アシリパの口調は、まるでどこにも逃げ場はないだろうと言わんばかりであって、名前はそれに同意する他なかった。どんなに逃げても意味が無いような、どこへ逃げても、結局は、あの人から逃れることは不可能なような、そんな仄暗い予感は、あの日、尾形と共に病院を抜け出した時から、名前の心のうちに渦巻いていた。
「尾形さんの行くところ」
明確な答えはしない。否、できないと言うのが正しい。名前の答えに、尾形はニヤリと笑った。杉元と牛山は、それを見て心底嫌な顔をし、こんなやつやめろと、いつもの調子で話した。アシリパは心配そうに、名前の、炎に照らされた横顔を見つめて、しかし、何も言わなかった。名前は、ひとり、尾形と共にこの世の果てまで行こうと思っていた。