私とその作家が出会ったのは、令和元年の春のことである。

 知人の紹介で、茨城の片田舎に暮らす作家の元で、住み込みの家事手伝いの仕事をすることになり、私はいそいそと荷をまとめ、鞄二つで生まれ故郷・東京を飛び出した。その時の私は、いかにも人生というものに多少迷いが生じており、どこか見知らぬ土地で少し気分を換えたかったのだ。そのようなことをふと白石由竹に零したところ、丁度いい話があると、茨城在住の作家を紹介された。

 山田猫。通称・ヤマネコで知られるその作家は、ここ数年、社会派サスペンスを主とした作品で有名な作家の一人だ。よく読むジャンルではないが、名前は聞いたことがあった。当時、二作品が実写化され話題になっていたのだ。

 まさかそんな有名作家とは驚いたが、東京を離れ一人茨城に住んでいるような変わり者である。作家というのは得てして変人が多いというが、私にはそれが殊更丁度いいように思われた。未知の人種だからこそ刺激にもなるだろうし、ある意味『自分』というものを問い直す、いいきっかけになるだろう、と。

 ヤマネコ先生は、茨城の中心地から電車で30分ほど離れた町に拠点を置いているようだった。白石くんからの紹介に二つ返事で頷いたのはよかったが、如何せん重要なことは何も聞かずに来てしまった。周りは山ばかりで、家事をするのも一苦労なドドド田舎だったらどうしようかと一抹の不安も抱いていたが、杞憂だったらしい。バスの時刻表と、駅前のスーパーマーケット、コンビニエンスストアを確認し、ほっと息をついた。

 白石くんから送られてきた住所へ向かうと、古い一軒家がある。尾形と書かれた表札がかかっており、その時になってようやく私は、自らの雇い主について「山田猫」というペンネームしか知らなかったことに気がついた。もう仕事を引き受け、来てしまったからには仕方がないが、本当に余裕がなかったのだと改めて反省した。

 古いタイプのインターホンを鳴らすと、ややあって、門の向こう、玄関の戸が開くのが見えた。中から出てきたのは、私よりも少し背が高く、なかなかにがっしりとした体つきの同世代の男性で、顔の頬についた縫合跡がやけに特徴的である。後ろに流した髪の毛を撫で付けながら、男は門の方へとのそのそ歩いてきた。

「アンタが名字さんか」

男は、手元のスマートフォンを覗き込んで、私の名を口にする。どうやら白石くんから知らされていたようだ。はい、と頷けば、男は私を爪先の方から確かめ、ふむと一つ頷いて見せる。何が分かったのかは分からないまま、男は門の閂を外し、私をその住処へと招き入れた。
「白石くんったら。あんな若い人だなんて聞いてないわ」
男は、聞こえていないのか、見向きもしなかった。

 居間に通され、座布団の上で足を折ると、目の前の卓袱台に茶が置かれた。結論から述べると、山田猫―――ヤマネコ先生は、尾形百之助という28歳の、ギリギリ若者と称することのできる年齢の作家であったのだ。彼の作品を見たことはなかったが、やはり装丁と題名から勝手に中年の遅咲き先生を想像していた私が悪かったらしい。しかし、この家だって。まさかこんな大きな古民家に三十路の男が一人暮らしだなんて、あの門の前では思うまい。

 ヤマネコ先生は、私に家のことや頼みたい仕事の内容を淡々と述べたあと、私に何か質問はあるかと問うた。彼に私ほどの動揺が見られないということは、すなわち、白石くんは彼には私のことを話していたのだろう。何故、私には教えてくれないのか。つくづくいい加減な男だ。私も、ひとのことはとやかく言えぬが。

「あのつかぬ事をお伺いしますが、白石くんとはどのようはご関係で?」

 一番に疑問に思った件を尋ねると、ヤマネコ先生は真顔を崩さぬまま、大学時代の後輩であると答えた。なるほど、白石くんもまともな大学を卒業した過去はあるらしい。その時まで知らなかった。

「他に何か質問は」
「ありません。慣れないうちはご面倒おかけすることもあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します」

 偏屈な老人を想像してきた私にとって、さほど大きな問題はなかったが、やはり相当に無愛想なお人であることは間違いなかった。恭しく挨拶を述べた私に、うんともすんとも返すことはなく。ヤマネコ先生は、そろりと立ち上がると、居間の隅に置いておいた私の荷を担ぎ上げた。そして、それを二階の私の今後使う部屋へ。そこでまた私が述べた礼にも、ぺこりと頭を下げるのみ。

「…猫みたいね」

 彼が出て行った後で溢れた独り言は、畳に吸い込まれて消えていった。